最悪の出会いから



「怪しげな娘、ですね。」

執務の間の休憩時間。

何を思ったのか花に問いかけられた言葉に、しばし考えた後公瑾は答えた。

ちなみにこの一瞬の思案は、とりつくろうか否かを迷った時間だ。

だが結果的には否のまま言葉は口から出ていた。

実際、取り繕ったところでいつどや不格好に彼女を引き留めた時に似たような事は言ってしまっている。

思った通り公瑾の答えを聞いた花は、やっぱりそうですよね、とさして落胆した様子もなく頷いた。

「いったい何なんです?唐突に。」

「あ、いえ、この間、大喬さんと小喬さんに聞かれたんです。公瑾さんとの初対面。それでちょっと思い出して。」

「・・・・あの方達は本当に余計な事をしてくれますね。」

ふう、とため息をついた公瑾に卓を挟んで座っていた花が苦笑する。

「そんな風に言わなくても。少なくとも今回は楽しかったです。」

「?貴女にとってはあまり良い記憶ではないでしょう?」

出会い頭の人間に思い切り疑われたあげく、牢にまで入れられそうになったのだ。

あまりよくない、どころかはっきりと悪い方へ分類される出来事だっただろう。

とはいえかつての自分の行動はどうにもならないし、あの時はああするのが最善だったからもはやどうしようもなく、公瑾としてはなるべく花に思い出さないでいてほしいと思っていたのに。

しかしそんな公瑾の思いとは裏腹に花は手の中の茶碗を転がすように揺らして笑った。

「そうですね。あの時は驚きました。」

「まあ・・・・そうでしょうね。」

頷きながらふと思う。

さきほど花は自分に第一印象を聞いたが・・・・。

「・・・・貴女はどうなんです?」

「え?」

「最初に私と会った時、どう思ったんです?」

口に出してしまってから、公瑾は己の失策に気づいた。

出来事が最悪だったのに、出会った者の印象がいいわけがない。

しかしすでに出してしまった言葉が戻せるはずもなく、やむなく答えを待つはめになった公瑾に、花は清々しく言った。

「それはもちろん、嫌な人だなって思いました。」

ぐさ。

地味に言葉が刺さった。

身構えていたのに思ったより堪えている公瑾に気づいているのかいないのか、花は何故か楽しそうに話し続ける。

「公瑾さんは最初から嫌味全開でしたもんね。文若さんにも初対面で思いっきり疑われましたけど、公瑾さんの方が酷かったなあ。」

ぐさぐさ。

自ら招いた結果とはいえ刺さる。

(おまけに私より文若殿のほうが良かった、ですか。)

微妙な嫉妬までない交ぜになって公瑾がもう一度ため息をつこうとしたその時。

くすくすと鈴を転がすような笑い声が耳をくすぐった。

休憩中のこの部屋に他の者はいない。

驚いて顔を上げればやはり間違い無く花が笑っていた。

「花。」

「はい?」

「何故そんな風に笑っているんですか?」

いつもの公瑾のように何か考えるより先にそんな問いかけが滑り出すほど花はくったくなく笑っていた。

そして公瑾の問いにも楽しげに笑ったまま何気なく答えた。











「大小さんたちにも言ったんですけど、最初はあんなに公瑾さんの事、嫌な人だと思ったのに今はこんなに大好きなのがおかしくて。」











その瞬間、公瑾は手の中に茶碗を持っていなかった事を感謝した。

持っていたなら確実に動揺のあまり落としていただろうから。

(・・・・本当にこの娘は・・・・)

いつだって公瑾の予想の上をいくのだから始末に負えない。

花にかかれば当代一、二をあらそう策略家といえど不意打ちにゆるむ口元を必死で隠すはめになるのだ。

身のうちにわき上がった熱を納めるようにため息をついて公瑾は花に手を伸ばした。

「花。」

「はい?」

まだどこか笑いを含んだ茶の瞳に自分が映る。

(ああ・・・・確かに。)

初めてこの瞳を見た時は、軍師にしては綺麗すぎる瞳だと訝しんだものだ。

花の言う通り、あの時は思いもしなかった。

柔らかい花の髪を指先で梳いて、公瑾は微笑んだ。

「私もまさかこんなに貴女を愛するようになるなんて思いませんでしたよ。」

珍しく素直に告げた本心に花の目がまん丸く見開かれていく。

その顔が出会った時と重なって、そっと頬を傾けながら公瑾は思った。

―― 出会いはあまり良い想い出ではなかったけれど、それならこうして上から積み上げてしまえ、と。










                                          〜 終 〜










(公瑾、必死・笑)